去年まではバレンタインデーなんてどうでもよくて、周りの子が誰々に告白するのなんのって鬱陶しいだけだった。たとえチョコをあげるにしても相手はお父さんと友達のハルちゃんや美紀ちゃん達だけだった。
でも今年は違う。鞄の中には小さな箱が一つだけ入っている。
あの人に渡す為の、チョコが。
***
あの人に初めて会ったのは二週間前のこと。部活で帰りが遅くなってしまったある日、帰り道でちょっとガラの悪い並中生に囲まれてしまった。
「その制服、緑中だろ?勉強ばっかしてねーでオレらと遊ばない?」
「結構です!」
「いーじゃんちょっとぐらいさぁ」
へらへらと気持ちの悪い笑みを浮かべながら三人がこちらに近づいてくる。どうしよう。とりあえず向こうのコンビニまで走ろうか、と思ったとき背後から声がした。
「何してるの」
振り向くと『風紀』と書かれた腕章のついた学ランを肩にかけ、銀色に輝く金属製の棒に持ち手のついたものを持った男の子が立っていた。噂を聞いたことがある―――並盛中の風紀委員長のヒバリさんだ。
「ヒ、ヒバリっ!」
「やべ、逃げんぞ」
彼を見るなりさっきの三人は血相をかえてあっという間に何処かへ走り去ってしまった。
「ねぇ」
「はいっ」
「怪我は?」
「ないです。声をかけられただけだったので…」
「そう。じゃあ家まで送ってあげるから」
わざわざ悪いとは思ったけど、さっきのこともあって一人で暗い道を歩くのも嫌だったからヒバリさんの言葉に甘えさせてもらうことにした。
ヒバリさんは私の隣を何も言わずに歩く。そっとそちらを見てみたが、怒ってはいないようだ。しばらくして、私の家の門の前に到着した。
「此処です」
「そう」
「わざわざありがとうございました」
「別に。……君、名前は?」
「です」
「ふぅん。じゃあね、」
「さようなら」
彼の笑みに見惚れていた私は、そのとき名前を呼ばれたことにすら気付いていなかった。
***
ハルちゃんに描いてもらった地図を片手に私は無事並盛中学にたどり着いた。問題はヒバリさんが何処にいるかだが、結構有名な人みたいだし、その辺りにいる人に聞いてみたらすぐにわかるかもしれない。きょろきょろと辺りを見回していると、後ろから声をかけられた。
「そこの他校生、此処で何をしている」
リーゼントにヒバリさんと同じ『風紀』の腕章をつけた学ラン、口には草をくわえている―――まるで昔の漫画に出てくる番長みたいだ。
「あの、人を探してるんですけど、ヒバリさんが何処にいるかわかりますか?」
「…あぁ、少し待て」
そう言うと番長さんはポケットから携帯を取り出し、電話を掛け始めた。
「委員長、緑中の生徒が委員長にお会いしたいと……はい…………わかりました」
電話を切ると番長さんは「ついて来い」と言って歩き始めた。言われるままについていくとしばらくして『応接室』という部屋の前で立ち止まった。
「委員長」
「入りなよ」
中から彼の声がした。それだけでどきどきしてしまう。
「失礼します」
ドアが開くと彼が窓枠に腰掛けていた。窓が開いているのに大丈夫なんだろうか。
パタン、とドアが閉まる音がして振り向くと、番長さんはいつの間にかいなくなっていた。
「ねぇ、君」
「はいっ」
「僕に用事があるんじゃないの?」
「はい、あの……これ、受け取って、ください」
お辞儀をして両手で箱を差し出すと「ありがと」という声と共に私の手から箱の感触が消えた。顔を上げるとヒバリさんがちょっと意地悪そうな笑みを浮かべている。
「ねぇ、どうして僕にくれるの?」
「へ、あ、それはっ……その………」
「何で?」
「…………ヒバリさんのことが、好き…だから……」
知らない子にこんなこと言われてもヒバリさんには迷惑かもしれない。でも、どうしても伝えたかった。
「っ失礼しました!」
急いで応接室を出ようとしたら、
「待ちなよ」
と腕を掴まれた。
「まだ返事してないんだけど。………、僕も君が好きだよ」
「えっ、そんな」
「そうでなきゃ名前聞いたりしないし」
「でも、さっきまで名前」
「がかわいいからちょっと意地悪してみたくなったんだよ。ごめんね」
後ろから抱きしめられてヒバリさんに聞こえちゃいそうなくらい、心臓がばくばく鳴りだす。咄嗟にシャツの袖を掴むと、優しく頭を撫でられた。